【特集】コロナ禍の日本語教育 vol.3 土井佳彦さん(NPO法人代表)


新型コロナウイルスの感染拡大により、私たちの日常は大きく変化しました。日本語教育も例外ではありません。これまで『日本語教師の履歴書』に登場してくださった方々に、コロナ禍の日本語教育についてうかがいます。第3回は土井佳彦さん。2020年10月13日にお話をうかがいました。


《今回の「日本語教師」》土井佳彦(どい・よしひこ)さん NPO多文化共生リソースセンター東海代表理事。土井さんの『日本語教師の履歴書』インタビューはこちら


「新型コロナウイルスでどれも止まってしまいました」
―コロナ禍の地域日本語教育の状況

瀬尾ま 新型コロナウイルス感染症拡大でお仕事にどんな影響がありましたか。

土井 僕は「地域のボランティアの相談」、「地域の日本語教室の運営者に対するサポート」、そういった事業を支える「行政や自治体のお手伝い」という3つにかかわっているんですが、新型コロナウイルスでどれも止まってしまいました。

瀬尾ま いろいろな業界でオンライン化が進みましたが、地域の日本語教育ではオンライン化はあまり進まなかったんですか。

土井 もちろんできる人たちは個人でやっていましたけれど、それを組織立ってやるっていうのがなかなか難しかったみたいです。学習者にタブレットやWi-Fiなどの学習環境が揃っていないということもありました。たまたま日本赤十字社の愛知県支部から僕に、「何か支援したいんだけど、アイディアがありませんか」という相談がきたんです。それで、子供の学習支援をしているNPO団体から、教室が再開できなくて子供の学習が止まっているということを聞いていたので、そこをつなげてオンライン授業が始まったというところがいくつかありましたね。あとは、大学の学生さんがNPO団体とコラボしてオンライン授業を提供するということも2、3ぐらいありました。

瀬尾ま 土井さんはそういうところをつなぐことを4月からされていたんですか。

土井 とにかくみんな止まっている状態だったので、オンライン授業用の機材がないところには機材を提供してくれるところを紹介したり、大学生がボランティアできるところがないかと聞いてこられた大学の先生にはオンラインを始めたNPO団体を紹介したり、本当に紹介だけっていう感じでした。あとは、別に教室を再開しなくても学習者に自分で勉強できるウェブサイトを紹介してあげるだけでもいいだろうし、この止まっている間にボランティアもブラッシュアップしたほうがいいだろうなと思って、日本語教師にとって為になるサイトを僕のブログで紹介したりしました。このブログは結構シェアされて、多くの人に見られていたみたいですね。

瀬尾ゆ 夏ぐらいからは地域の日本語教室も対面で再開されてきたんですか。

土井 10月からは少しずつ再開したところもあるようです。ただ、教室としては再開しても、ボランティアや学習者の中には「まだ行きたくない」、「今は避けたい」っていう人もいるようで、完全な再開ではないみたいです。特に公民館などの公的機関の場所を借りている教室では、部屋の定員を半分に抑えなさいというような人数制限があるので、これまで50人近く集まってわいわいやっていたところを20人にしなきゃいけないってことになっていたりします。そうすると、誰を入れて誰を断るのかといった判断が難しいから、完全に再開できるまでは教室自体を止めることにしたという話も聞きました。

大学生によるオンライン日本語教室

瀬尾ゆ 地域の場合、働きながらの学習者もいらっしゃいますし、むしろオンラインのほうが勉強を続けやすいという人もいるかと思うんですが、その辺の対応は今後どう変わっていくんでしょうか。

土井 たぶんオンラインか対面かっていうよりは、バランスだと思うんですよ。8月ぐらいに名古屋国際センターで、日本語教室のボランティアを対象にZOOMの使い方を勉強する会が設けられたんです。オンラインで日本語を教えるにはどうしたらいいかということで。参加者の反応を見たら、「これはいいな」という人もいれば、「やってみたけどちょっと難しいな」って思う人や、「そもそもオンラインにしてまで日本語教室をやらなきゃいけないのか」っていう人もいたり、いろいろだったそうです。そこは学校とは違うところですよね。学校だと、何とかしなきゃいけないというのがまずあるので、オンラインでやる方法を模索しますけど、地域の日本語教室はやらなきゃいけないことではないので、運営の方々の思いでこれから対応は分かれていくんだろうと思います。だから、私のこれからの役割はそこをどうサポートしていくかということだと思っています。

「コロナでつながりができて、これで終わりじゃなくて、これからも続いてくれるといいなと思っています」
―コロナ禍での新しいつながり

瀬尾ゆ 前回のお話では、外国人住民と日本人住民をつなぐ役割を土井さんがされているということでしたが、そういった住民同士のつながりがコロナ禍で変わったりはしましたか。

土井 はい。部分的ではありますが、変わっているところもあります。例えば、うちの近所にお寺があるんですが、コロナで飛行機が飛ばず母国に帰国できなくなって、家もなくなってしまった在留外国人をシェルターとして無料で引き受けています。そこに檀家さんや近隣の人がお米や野菜を持ってきてくれたり、お寺で一緒に遊んで過ごしたり、大学の関係者が学生とオンラインでつないで日本語教室を始めたりして、今までそこにかかわっていなかった人もコロナで困っている人を支援するということで参加するようになってきているんです。別の団体でも、月に1回食料提供をしているペルー人のグループがあるんですが、そこに近所の日本人の農家さんが採れた野菜を持ってきてくれたりしています。

料理をしながら日本語で交流する外国人と大学生

瀬尾ゆ コロナで分断が起きたり、オンラインで人のつながりが薄くなっているということがよく取り沙汰されていますけど、新しいつながりもできているんですね。

瀬尾ま コロナだからなんですかね。どうして今までつながりがなかったところがつながるようになったんでしょうか。

土井 今までも、例えば地震や台風被害など、大きな災害が起こったときには、食糧の共有とかが自然に生まれていたんですよ。そして、「こういうつながりを初めからやっておけばよかったね」ってみんな言うんです。だから、今回もコロナでつながりができて、これで終わりじゃなくて、これからも続いてくれるといいなと思っています。

瀬尾ま 在留外国人への日本語教育支援はここ2年ぐらいですごく社会の注目も集まったと思うんですが、このコロナで注目が薄まってしまったというようなことはありませんか。

土井 日本語教室は自治体や国際交流協会が運営しているところも多いんですが、事業は日本語教室だけではないので、コロナで他のことも考えなければならなくなって日本語教育事業の優先度が多少下がったというか、こうした状況の中でどうしてもやらなきゃいけないものじゃないよねっていう雰囲気があったと思います。
でも、それは一時的なことだと思いますし、反対に外国人への対応が進んだ部分もあります。今回のコロナでいろんな制度が新しくできたり拡充されたりしましたが、その支援を受ける必要性が高まった人たちがまさに外国人だったんです。例えば、住居確保給付金は、今までは主に失業した人に国が家賃を3か月分出してくれるという制度だったんですが、コロナの影響でバイトが大幅に減って収入減になった人にも対象が拡大されたんです。そうすると、かなりの留学生がその給付金をもらいに公的機関の窓口に押し寄せました。社会福祉協議会の貸付金も、名古屋市中区だと申請者の9割は外国人だったそうで、これまで外国人が来なかった窓口にたくさん外国人が来るようになったんです。これは“災害あるある”なんですが、普段はかかわりがなかった人への対応をかなりしなきゃいけなくなって、今まで日本語しかなかった書類を多言語に翻訳したり、通訳を配置したりということが行われるようになっています。

瀬尾ゆ ある意味、不幸中の幸いというか。

外国人コミュニティによる食糧支援

土井 ただ、災害のときもそうなんですが、困っている人を助けるというところには外国人も含めてくれるようになってきているんですけど、これから復興していきましょうっていうフェーズになると、外国人だけじゃなく、障がい者だとか、いわゆるマイノリティが抜けた状態で進んでいくんです。その典型的なのがGoToトラベルやGotoイート。みなさん、お金を使いましょう! 楽しいことをしましょう! という動き、これは日本語でしか今は情報が発信されていないんですよ。

瀬尾ゆ 外国人は救済の対象としてしか認識されていないということですか。

土井 すべてで“支援対象”なんですよね。でも、GoToトラベルもGoToイートも、外国人もこの機会に旅行に行こうと思ったり、食べ歩いたりすると思うんですよ。そういう地域活性化の担い手になっていくというところになかなか視点が行かないんです。それに、行政では支援は多文化共生課がやるけど、復興は観光課がやったりというように所管が分かれているじゃないですか。観光課の人の頭の中に在留外国人がなければ、なかなか動かないですね。

瀬尾ま 役所で横のつながりは確かにないのかもしれないですね。

土井 観光客を増やしたいから相談にのってくださいって言われたときには、僕は「近くの日本語教室に行ったらいいですよ」って言っているんです。外国人が多い観光地には、実は訪日外国人ではなく在留外国人も多いんですよ。休みの日に留学生が観光に行ったりしますよね。それもみんな「外国人観光客」という括りでカウントされていますが。だから、日頃から在留外国人にもアプローチしたらいいんじゃないですかって言ってはいるんですけれども、観光関係の部署の人は本当に在留外国人は頭にないですね。別に排除しようとしているわけではなくて、認識がないというだけなんですけれども。コロナで海外からの観光客が見込めなくなっている今だからこそ、在留外国人の視点から各地の魅力を発見・発信していただくような取り組みが広まればいいなと思います。そのためにも、ぜひ関係者に地域の日本語教室を訪れていただきたいですね。

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