日本語教師の履歴書 vol.15 李鉉淑さん


「日本語と韓国語を教える、学習者自身が経験する、相手を理解し自分を振り返る」李鉉淑さん

今回は日本で日本語教育学を学び、香港・韓国・日本で日本語と韓国語を教えてきた李鉉淑さんです。2020年2月13日にZOOMでお話をうかがいました。


《今回の「日本語教師」》 李鉉淑(イ・ヒョンスク)さん 韓国ソウル生まれ。2000年に来日し、大学・大学院で日本語教育学を学ぶ。京都市内の公立中学校の韓国語教師、香港大学専業進修学院の日本語講師を経て、2011年から2019年1月まで大阪府にあるコリア国際学園(中等部・高等部)にて専任教員として留学生日本語及びコリア語(韓国・朝鮮語)を教える。2021年1月現在、(公財)箕面市国際交流協会の多文化理解プログラム講師として地域の小学校の国際理解教育を行っている。また、大阪府の公立小学校の民族学級で母語・継承語としての韓国・朝鮮の言葉と文化を教えながら、地域と多文化共創、サービスラーニング、「平和につながる」をキーワードとした教育実践を模索中。


「授業で接しているものとは何か違うな」
―日本の大学・大学院へ進み、日本語教育を学ぶ

瀬尾ま 日本語の勉強はいつから始められたんですか。

 本格的に日本語を勉強し始めたのは、大学生になってからです。中学生の時に先生の紹介で北海道の中学生と英語で文通をしていて、自分の生活を書いて写真と一緒に送ったり、頻繁にやりとりをしていました。そこから日本に興味を持つようになって、大学で日本語を勉強しようと思ったんです。

瀬尾ま 大学での勉強はどうでしたか。

 大学では会話の授業はもちろんあったんですが、実際の会話の場面では教科書のスクリプトのようにうまくいかないことに気がつきました。私はソウル市内に住んでいたので、明洞や仁寺洞によく行ったんですが、日本人観光客を見つけたら、授業で習った「はじめまして。李鉉淑です。どうぞよろしく」っていう自己紹介を言ったりしていました。すると、たった3文しか話していないのに、「日本語、お上手ですね」って褒めてくれるんです。「えっ? それって本当?」と疑いながら、街で出会った日本人に聞きたいことをどんどん増やしていったんですが、直接会って話す日本人や、かれらから聞く日本の話は授業で接しているものとは何か違うなと感じていました。韓国で出会った日本人に、韓国の生活や歴史、文化遺産を紹介したりしていく中で日本人の考え方の背後にある文化や歴史などに興味を持つようになっていたので、日韓の文化遺産や交流史を研究されている先生のもとで勉強したいと思って京都橘大学に入学しました。

瀬尾ま 日本語学校に行かずにそのまま大学ですか。

 そうなんです。だから最初は大変でした。専門関連の日本語はとても難しいうえに関西方言でお話しになっている先生の日本語が聞き取れなくて、最初は授業を録音してもう一度聞き直したりしていました。2年生からは、日本語教員養成コースの授業も受けました。

瀬尾ゆ 日本語教育に興味を持たれたんですね。

 はい。留学生だったので、日本語の授業も受講してたんですが、留学生が使う日本語や日本の文化を見る視点が国によって異なっていて、おもしろかったんです。それに、日本語教育の授業を受けると、学習者と教師双方の立場が理解できる楽しさもあって、日本語教育も主専攻で勉強するようになりました。

瀬尾ゆ 教師の立場から日本語教育を見ると、どうでしたか。

 実は、それまでは教えるというのは何か決まっているものを教えるというイメージだったので、あまり先生になりたいとは思っていなかったんです(笑)。でも、日本語教育を勉強してみて、知識やスキルだけではなく、多様な背景を持った学習者とコミュニケーションを取りながらわかりやすく伝えるためにいろいろ工夫をしていく点や、学習者と共に活動しながら学び場を創っていくことの楽しさがわかって、とても魅力に感じました。また、4年生の時に地域日本語教室にボランティアとして行ってたんすが、そこでシンガポールから来た宣教師やアメリカからの英語教師、中国にルーツを持つ子供など、多様な背景を持った学習者と接するようになって、自分も外国人ですけれども、言葉だけではなく、生活で困っていることのアドバイスもできて、それが楽しみになっていましたね。

瀬尾ま その辺りから日本語の先生になろうと決めたんですか。

 そうです。4年生の10月ぐらいですかね。結構遅かったんですよ。10月に台湾の淡江大学へ教育実習に行ってきて本当に学びの多い経験だったので、先生に相談したら「日本語教師になるなら大学院に進んだほうがいいんじゃないか」と言われました。それで、立命館大学の大学院に進みました。大学院在籍中に、京都市立西院中学校が初めて修学旅行で韓国に行くことになったので、そこで中学生に韓国の言葉と文化を教えました。

「ノンネイティブだから学習者にどう思われるか気にしていたかもしれません」
―香港で日本語、韓国語を教える

瀬尾ま 大学院を修了してからはどうされたんですか。

 韓国語を教えるのもおもしろかったので、韓国語を教えるか、それとも日本語を教えるか悩みました。韓国以外の国でノンネイティブ(日本語非母語話者)として日本語教師の道に進むのは難しいだろうという不安もありましたが、でも、やっぱり日本語を教えたいという気持ちが強かったんです。大学や大学院で台湾や中国大陸の友達が多かったこともあって、中華圏に行って教えたかったので、香港大学専業進修学院(HKUSPACE)に応募しました。そうしたら採用されて、そこに行くことにしました。HKUSPACEでは日本語をメインに教えて、初年度は韓国語も担当しました。

香港大学SPACEの学生たちと

瀬尾ゆ 香港でのお仕事はいかがでしたか。

 最初の日本語の授業は忘れられませんね。最初、まず学習者から自己紹介をしてもらいました。一人ひとり自己紹介をしていくなかで、冗談を交えながら質問をしたり、いろんな表現も教えたりしながら。そして、最後に私が自己紹介をしたんです。「李鉉淑です」って言うと、学習者がびっくりして「何人ですか? 中国人ですか?」と不思議そうに聞いてきたんです。そこで「韓国人です」って初めて言ったんです。いっぱい日本語を使って学習者に安心感を与えてから、自己紹介をした覚えがあります。

瀬尾ゆ それは、わざと自分は最後にしようと思われたんですか。

 そうなんです。ノンネイティブだから学習者にどう思われるか気にしていたかもしれません。でも、学習者は全然普通でした。「日本語が上手ですね」って言われて(笑)。授業の最後には、自分らも頑張ったら先生のように日本語が上手になれるかという質問もありました。

瀬尾ま 韓国語の授業のほうはいかがでしたか。

 香港では中級を教えていたのですが、教えるというより、学習者と授業を作っていくことに力を入れていた気がします。私も香港についてはよくわからないことが多かったので、一方的に韓国のことを教えるというより、学習者にいろいろ聞いて、そこから知った学習者の状況をベースに授業を構成していきました。最初はそのスタイルに慣れてない学習者もいましたが、だんだん信頼関係が築かれていったと思います。そのときの学習者たちとは韓国料理や飲茶もよく食べに行きました。今も友達のように連絡を取り合っています。その授業を通して、「母語話者教師」と「非母語話者教師」の二項対立やどちらかが優位にあるといった点に対する自分の考え方が変わりましたね。

瀬尾ま 韓国語教育はどうやって学ばれたんですか。

 HKUSPACEで働いている時の夏休みに、韓国の高麗大学で行われた韓国語教員養成集中講座に参加しました。教授法や第二言語習得理論など言語教育全般についてはすでに知っていることが多かったですが、韓国語教育学や文法教育は、とても勉強になりました。それまで4年間実践してきた韓国語教育を学びなおすことができた貴重な経験でした。

瀬尾ゆ 香港にはどれぐらいいらっしゃったんですか。

 2年です。同僚にも上司にも恵まれた働きやすい環境だったんですが、結婚をきっかけにHKUSPACEを辞めました。その後、韓国に半年間滞在しながら韓流ドラマの女優に日本語を教えるという経験をして、日本に戻ってきました。

「時間がかかっても生徒たち自身が経験を通して学んでほしい」
―コリア国際学園で教える

瀬尾ま 日本に戻られてから、お仕事はどうされたんですか。

 学校法人コリア国際学園という大阪にある中高一貫校にコリア語教員として採用されて、そこで8年ぐらい働きました。コリア語の他に留学生に対する日本語の授業も担当しました。その学校は「越境人」という建学の精神のもとに設立されて、在日コリアンをはじめとした多様な言語文化背景を持つ生徒たちが、自分たちのアイデンティティについて学び、国家や民族にとらわれずに境界をまたいで活躍できる人材を育てようとしているんです。

瀬尾ま そういう理念に共感されて、そこで働くことにしたんですか。

 そうですね。多言語環境にいる子供たちがどうやって言語文化やアイデンティティを形成し、成長していくか、また、教師として何ができるかにとても興味がありました。

左はコリア国際学園で担任した高1の生徒たち。右は彼らの卒業式

瀬尾ま 大学や大学院で学ぶ日本語教育って、成人学習者を主に念頭に置いているように思うんですが、中高生を教えるために何かされたことはありますか。

 そうですね。中高生の留学生っていろんな問題を抱えているんですよ。自分の意志とは関係なく親の都合で日本に来ている子もいれば、大きな夢をもって自分で望んで来た子もいて、来日後の初期段階の学習へのモチベーションや学校生活への適応に差が結構あるんです。それに、母国での学力や言語使用環境の違いから進路に不安を感じていたり、学習言語能力(CALP)の支援のための取り出し授業が「自分はクラスのメンバーではない」と疎外感を抱かせることになったり……。本当に一人ひとり複雑な状況の中にいたと思います。もちろん日本語と日本の文化を驚くスピードで身に付けていく子もいましたが、自分の文化への理解を求めて頻繁にクラスメートとぶつかり合ったりもして、常に異文化による衝突がありましたね。中高生の日本語教育ってそういう状況を理解して、生徒一人ひとりに寄り添って話を聞く行為から出発するのではないかなと思います。そうすることで、言語文化の習得以前に、一人の「個」として教師と学習者の信頼関係が築かれて、安心感につながるんだと思います。
それから、クラスだけではなくて、学校や地域社会、また日本に生きる一人の人間として成長し、自立していく過程、さらにキャリアにつなげていく過程を支えることも中高生の教育ではとても大事なところではないかなと思いますね。そういうこと意識するようになってからは授業でできる活動が増えた気がします。

瀬尾ゆ 具体的には、どんな活動をされたんですか。

 いろいろあるんですが、例えばインフォメーション・ギャップを用いた活動で、クラスメートだけでなくて、教員や寮の舎監など学校全体と関われるようにしました。留学生は学校と寮の空間に限られた生活をしていたので、もっと地域との関わりが持てる活動も取り入れました。留学生たちがよく行くレストランで店員におすすめ料理や女子高生に人気のある料理などを聞いてきて、それを発表したり、自分が通ってみたいと思っている地域のピアノ教室や英会話教室に行って情報を得て、お互いに紹介し合ったり。

地域の英会話教室とケーキ屋でインタビュー活動をしている様子

国際バカロレアの授業では、学校のクラブや地域の宣伝をグループで作ることをしました。バスで20分ぐらい離れたところまで行ってその周辺を撮影してきたグループや、私も知らない編集ソフトを使って立派な動画を作ったグループもいましたよ。発表の場はクラスだけではなくて、他の教員も見学できるようにしたり、文化祭で外部の人の前で発表できるようにもしました。そのような活動を通して、生徒たちは自分と学校や地域との「つながり」を実感して、その社会の一人の構成員であるという意識が芽生えてきたのではないかと思います。
他にも、ナラティブを用いた活動中心の教材を使って、学習者一人ひとりのストーリー性を重視した表現活動にも力を入れました。すると、それまで授業に積極的ではなかった生徒も主体性をもって参加するようになってきたと思いました。

瀬尾ゆ いろいろなことをされたんですね。一人ひとりが自分のことを表現しながら、クラスメートや学校全体、地域と結び付いていく感じですね。

 そうなんです。でも、最初は生徒たちの反応や発言に悩まされることもありました。留学生がクラスメートとのトラブルについて話しながら、在日コリアンの子のことを「あの子は韓国語がすごいペラペラだから韓国人だと思っていたけど、韓国人とは全然違う」と言っていたんです。その留学生は初めて在日コリアンと接して、その歴史や背景も知らなかったと思います。そういうふうに「あの子は韓国人だから」、「あの子は日本人だから」自分とは違うと決めつけていたのは、その子だけじゃありませんでした。それで、私はそこを乗り越えて理解し合えるようになることが越境人で、うまくそこまで持っていけるようにするのが教師の役目なのかなと思いました。そして、単に教師が経験を伝えるだけではなくて、時間がかかっても生徒たち自身が経験を通して学んでほしいという思いで、私も悩みながら彼らと接するようにしていましたね。

瀬尾ま 違いを乗り越えて理解し合う経験ですか。

 はい。生活でも授業でも常にそのことを意識しながら、相違のある事柄や対立する問題にも自然と触れられるようにしました。コリア語の授業では、領土問題とか、いわゆる論争上の話題について調べて新しくわかったことを発表したり、ディベートしたりしました。発表やディベートはコリア語でしますが、文献や資料を調べるのは英語や中国語のように生徒らができる言語でも良いことにして、いろんな視点から疑問を出し合えるようにしました。生徒の出身校は、日本の公立学校とか朝鮮学校、韓国系民族学校、中華学校、それに韓国の学校など、本当にいろいろなんです。だから、問題に初めて接した出発点も立場も異なるので、そこを乗り越えてほしいなと思いました。あるグループは職員室にいる韓国、日本、在日コリアン、アメリカ、イギリスの教員にインタビューをして、その結果を発表していました。そのインタビューの結果は私にとっても、とても興味深かったです。

瀬尾ゆ それだけ生徒さんのバックグラウンドが多様だと衝突もしやすいかなと思うんですが、そのような活動をすることに怖さはなかったですか。

 それはあまりなかったですね。自分が今まで受けてきた教育とは違う視点をもった他者の意見を聞く場を創ることで、自分を見つめなおして、そこから新たな視点が生まれると期待していました。生徒らの成長を縦の軸として考えると、そのような授業はその軸の一点で、次にその問題と接するところが話し合いの場なのか、作文で表現する場なのかわかりませんが、その次の場がまた新しい点になるのではないかと思います。そして、点と点がつながっていくことで、生徒たちの価値観やアイデンティティが形成されていくのではないかなと考えています。それが「越境人」になる過程なのかなと思いました。

それぞれ違う国の大学へ進み、多様な環境での学びを続けている卒業生たちと

「日本と韓国の未来は暗くないな」
―地域の小学校で国際理解授業を担当する

瀬尾ま 今は何をされているんですか。

 専門学校や大学で非常勤講師として韓国語を教えています。あと、(公財)箕面市国際交流協会の多文化理解プログラム講師として、地域の小学校で国際理解授業もしています。

瀬尾ゆ 国際理解の授業はどんなことをされているんですか。

 国際理解授業と言うと、両国の違いを知ることがメインの場合が多いと思いますが、私が力を入れているのは、それだけではなくて、人としての気持ちや道徳的価値を伝えるということなんです。例えば、最近、日韓関係が悪くなってきて、ますます関係を悪化させるようなメディア報道もあったりします。でも、2011年の東日本大震災の時に「日本のみなさん、あきらめないでください」、「がんばってください」、「私たちはあなたたちの友達です」と書かれたプラカードが韓国の明洞や南大門市場に掲げられている様子や、コロナ感染者が多い韓国の大邱に日本人韓国語学習者が送った応援メッセージの手紙を見せたりして、大変な時はみんな一緒で、国籍も国境もなく助けたい気持ちになるということを伝えたりしています。
他にも、『科学漫画サバイバル』という漫画があって、日本の小学生は結構みんな知っているんですが、実はそれ韓国の漫画なんですよ。だから、韓国版の『科学漫画サバイバル』を見せたりしながら、韓国と日本の間で物や人の移動が多いこと、またつながっていることに気づいてもらう活動を行っています。

瀬尾ま 日本と韓国、本当に近いですもんね。

 本当に。でも、さらに距離を縮めるためには、やっぱり大人が言うよりも子供同士の話し合いが大事だと思うので、リアルタイムで韓国の小学生とつなげて小学生の意見を聞く時間を作ったりもします。そうすると、メディアから聞いた情報とは異なることに子供自らが気づいてくれるんですよ。5、6年生には歴史に触れて、植民地時代のことや在日コリアンが多い理由を考える時間を設けたりもします。最終的にはSDGsの観点から、地球に暮らしている人として日韓が共通に考えなければならない問題は何かと問いかけて、一緒に協力して解決していくためにも、お互いを知ること、異文化理解は重要であることをメッセ―ジとして伝えています。

瀬尾ゆ 授業の内容は李さんが自分で考えているんですか。

 はい、学校の先生方や箕面市国際交流協会のコーディネーターと打ち合わせをしながら、自分で考えています。自分の考えや経験に基づいて提案する場合が多いですね。

瀬尾ま そうなんですか。

 はい。一般的な話じゃなくて自分の語りやエピソードを伝えると、やっぱり子供たちの印象に残るようなので、授業では自分の家族の話を出したりもします。例えば、息子が食事の時にお茶碗を置いて食べていたら、日本人の主人が「ちゃんとお茶碗を持って食べなさい」と注意したんです。でも、韓国では置いて食べるのが礼儀正しいので、私は「置いて食べていいよ」って言ったんです。そうしたら夫婦げんかになったという話をして、子供らにアドバイスを求めました。そしたらみんな真剣に考えてくれて、「ここは日本だから日本のマナーに従ったほうがいい」、「日本と韓国では文化が違うから理解すればいい」、「文化の違いだからどっちでもいいし、子供に決めさせるべき」とか、「1日は置いて食べて、翌日は持って食べたほうがいい」とか(笑)、手を挙げてたくさん発言してくれたんです。子供たちの熱意のある発言を聞いていると、日本と韓国の未来は暗くないなと思いました。日韓の平和の希望が見えたというか、そういう気持ちになりましたね。

「チャングムの誓い」の崔サングン役を演じた女優のキョンミリさんに日本語を教えていたことも

「話を聞くチャンスを作ったほうがいい」
―李さんからのメッセージ

瀬尾ま 最後に、今から日本語教師になりたい人やキャリアの浅い人たちに向けてメッセージをお願いいたします。

 3つ心がけていることがあります。私はノンネイティブとして日本語を教えたり、母語の韓国語を教えたりしてきたんですが、言語教育は単に言語を教授するだけじゃなくて、その国の文化や人々の価値観とも深くつながっていると思います。ですから、学習者にはステレオタイプや偏見、先入観にとらわれないで、さまざまな文脈からその国の言語や文化を学んでいってほしいと考えています。そのためには、教師自身も自分の周りの出来事や身近なコミュニティなどにも興味を持って、多様な環境で生きる人々としっかりコミュニケーションをとりながら、理解し合うこと、また、自分を取り巻く環境についても考えたり、自分自身を振り返る時間を作ったりしてほしいですね。それは、他者を理解するだけではなく、他者から自分を見つめなおし、自己内省できる教師につながると思います。
2つ目は、やはり学習者の語りに寄り添うことです。話を聞くときに、教師と学習者の関係を超えて一人の「個」として話を聞くことができれば、そこで新たな人間関係が築かれると思います。そうすると、対等な会話ができるようになって、今まで見えなかった問題が見えてくると思いますし、信頼関係をベースにした教育活動を学習者と一緒に創ることができると思います。
最後に、最近いちばん大切にしているのは、普遍的な「道徳的価値」や「正義」を伝えることです。多様なバックグラウンドをもつ人々が生きる社会で多様性を認め合うこと、そして人間として「道徳的価値」や「正義」を考えることは、教師の信念を作っていくんじゃないでしょうか。それに、学習者との関係はもちろんですが、あらゆる関係性の中で可能性が広がると思います。マイノリティや人権、差別、学習権、SDGsなどについて考えるうえでも重要な視点になると思います。また、学校や職場や地域社会のように身近なところでも常に考えてほしいですね。共に生きるより良い社会、そこで生きる多様な人々のために、普遍的な「道徳的価値」や「正義」について考え、行動できる教師になってほしいです。

インタビューを終えて

瀬尾ま
「単に教師が経験を伝えるだけではなくて、時間がかかっても生徒たち自身が経験を通して学んでほしい」。こう李さんもおっしゃるように、教師が経験や知識を「伝える」ことは簡単なのですが、学習者自身が「経験を通して学んで」いくことは、非常に時間がかかることだと思います。しかし、そのことを通して、目の前にある問題や課題と向き合える学習者を育てることができるのかもしれません。
瀬尾ゆ
李さんご自身が「母語話者と非母語話者」「韓国と日本」といった境界を生きてこられており、日本や韓国の言語・文化を教えることを通して、人々の間にあるそのようなさまざまな境界を解きほぐそうとされているように感じました。そして、そこには日本語教育、韓国語教育、〇〇語教育といった個別の言語を越えた言語教育の普遍的な意義があるように思います。

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