新型コロナウィルスの感染拡大により、私たちの日常は大きく変化しました。日本語教育も例外ではありません。これまで『日本語教師の履歴書』に登場してくださった方々に、コロナ禍の日本語教育についてうかがいます。第1回は山本弘子さん。2020年8月25日にお話をうかがいました。
《今回の「日本語教師」》山本弘子(やまもと・ひろこ)さん カイ日本語スクール代表。山本弘子さんの『日本語教師の履歴書』インタビューはこちら。
「オンラインによる留学の意義を模索していかなければいけない」―コロナ禍での試み
瀬尾ま 新型コロナウィルスでお仕事に影響がありましたか。
山本 それはもう甚大ですね。学生数は半減しています。日本政府が10月から留学生の入国制限を緩和すると新聞に出ていましたが、まだ国費留学生(留学生全体の3%)だけなので、これから私費留学生がどうなるかが大切です。日本語教育機関6団体(全国各種学校日本語教育協会、全国専門学校日本語教育協会、全国日本語学校連合会、全日本学校法人日本語教育協議会、日本語教育振興協会、日本語学校ネットワーク)が政府に要望を出しているので、期待をしています。
瀬尾ゆ 日本語教育業界から働きかけをしているんですね。
山本 はい。強い要望を出していかないと、いろいろな声があるなかで拾ってもらえないので、働きかけは大事だと思います。働きかけがないと政治も動きませんから。これまで日本語教育はバラバラだというイメージがありましたが、今回、6団体が1つにまとまって要望を出したことのインパクトは大きかったと聞いています。
瀬尾ゆ そうですか。
瀬尾ま カイ日本語スクールのオンライン化への取り組みについて書かれている日本語ジャーナルの記事を読ませていただきました。この記事によると、カイ日本語スクールではずいぶん前からICT化を進められていて、今回も3月上旬には授業をオンラインで提供されたそうですね。
山本 はい。オンラインで授業をすることで、今までは留学の際の審査で日本に来ることが難しかった国の人たちも、やる気があって学費さえ払えれば勉強できる可能性は広がりました。今年の新規クラスは18人の学生が入ったんですが、そのうち半分はそれぞれの国からオンラインで受講しています。日本の時間帯なので、時差の関係で朝早く受けたり、夜中に受けたりしなければいけないという状況はありますが、それだけ熱意がある人たちが一生懸命受講してくれているので、まだ多いとは言えませんが、新たなニーズと見ることもできそうです。
瀬尾ま そうなってくると、日本の学校にオンラインで“留学”することの意義が問われてきますね。
山本 その通りです。オンラインによる留学の意義を模索していかなければいけません。今言える従来のオンラインレッスンとの違いとしては、まず、1日4時間週20時間、3か月で200時間という集中した日本語教育を受けられることでしょうか。通常だと、そこまで集中して受講できる機会は少ないはずなので。内容的にはまだ模索が続きますが。
瀬尾ま じゃ、オンラインになっても留学の意義はまだ残るということですね。
山本 そうですね。そこは提供の仕方に工夫が必要だと思います。今は直接日本の空気を味わえるようなアクティビティをやっています。例えば、お坊さんにお願いしてオンラインで坐禅体験をしたり、バーチャルツアーで箱根や京都に行ったりしました。日本国内にいる人たちなら、お寿司のキットを送って、寿司職人にオンラインで教えてもらいながら一緒に寿司を握ったりもできる。今、結構おもしろいコンテンツが出てきているんですよ。
瀬尾ゆ 自宅で楽しめるというのは、今の時期ありがたいですよね。みんなどこにも出られず、何をしようっていう状況なので。
山本 そうなんです。留学の意義をどう提供するかという点に一番悩んでいますが、1つの試みとして、元々上級レベルに組み込んでいたCBL(Community-Based Learning)という地域の課題に取り組む体験型授業をコロナ禍の中、断行しました。新大久保商店街の理事会がコロナで開けないということを伺い、それならと、最終的にZOOMのホストができるようになることを目指して、商店街の理事の方々に対し、うちの学生がZOOMの使い方ワークショップを数回に分けて開催するというものです。学生たち自身もドキドキしながらの実践でしたが、こういう地域貢献を通した体験的学びが、日本で留学したという自信につながるといいな、と思っています。
瀬尾ゆ ZOOMの使い方なんて、コロナならではですね。
「これから先の教師の仕事の仕方も含めて、大きく考えなおすいい契機になる」―今後の可能性
瀬尾ゆ いつコロナが終息するかわかりませんが、今されていることで終息後もキープしておきたいことはありますか。
山本 そうですね。さっきの留学の意義と同じように、「出席とは何か」を問い直す必要があると思います。出席の再定義をしていかなきゃいけない。例えば、留学生の場合は出席の条件として必ず教室にいることがこれまで求められてきました。でも、日本語ジャーナルでも話したように、オンライン授業と対面授業の成績を比較すると、オンラインでも対面とあまり遜色がなく、むしろ伸びてる部分もあったんです。もちろん落ちてる部分もあるので、その辺の評価をどうすればいいのかをもっと本質的に考えていって、対面で教えたほうがいいもの、反転学習のように非同期でやったほうがうまくいくもの、あるいはZOOMのライブ配信で十分なものをしっかり見ていく。そうすると、むしろオンラインのほうが効果的なものがわかってくると思うんです。
瀬尾ま そうですね。
山本 また、精神疾患などで登校することが難しい人も中にはいます。それで結局は帰国してしまう学生もこれまではいましたが、オンラインだったらベッドで横になりながらでも授業に参加できますよね。そういった学生を支援するためにも、週20時間分の学びが達成できれば、物理的に学校に来ていなくても出席と認めてもいいんじゃないかと考えています。
瀬尾ま そうですか。そう考えると、いろいろなことが変わっていくかもしれませんね。では、これからのウィズコロナのなかで日本語教師に求められるものは何でしょうか。
山本 ウィズコロナのソリューションとして、ICTは強力だと思います。これからの教育現場ではパソコンやタブレットはノートや鉛筆と同じようなツールになっていくと思うんですね。教師に教育力さえあれば、そこにICTのツールを足すことで、うまくいくんじゃないかなと思います。
瀬尾ゆ 教育力が必要というのは変わらず、それを担保しつつICTを活用していくというイメージでしょうか。
山本 そうですね。まずは目の前の学習者が何ができるようになればいいのか、今何が必要なのかを掴む力が大事です。そして、何を教えればいいのかという根本的なことを実現するために工夫をする力がさらに大切になってくると思います。「対面だったらこれができるのに」とこだわりすぎると、うまくいかなくなってしまうのではないでしょうか。
瀬尾ゆ さきほどの学びの本質ともつながりますね。
山本 はい。これから先の教師の仕事の仕方も含めて、大きく考えなおすいい契機になると思います。何ができなくなったかではなくて、何ができるようになったかを考えることが大切ではないでしょうか。
瀬尾ゆ 先ほどおっしゃっていたように、横になりながら授業を受けたり、今までは留学できなかった人たちも受講できるようになったと考えると、いい面もあったのかもしれませんね。
山本 そうですね。教師も家からでも仕事ができるとか、子育てママには便利になるかもしれないですし。そのための環境整備も、学校の新しい仕事になるかもしれませんね。